「咳が長引いているので、抗生物質を出してもらえませんか」。外来では、このようなご相談をよくいただきます。呼吸器内科医が咳への抗菌薬に慎重なのは、咳の原因で抗菌薬が必要になることが少ないうえ、必要のない抗菌薬は咳を治さず、効きにくい菌(耐性菌)を体に残しやすくし、結核などの病気の発見を遅らせることを、日々の診療で見ているからです。
このページでは、なみきばしクリニックの内科担当医(日本内科学会 総合内科専門医・日本呼吸器学会 呼吸器専門医)が、呼吸器内科医が咳への抗菌薬に慎重になる理由と、それでも抗菌薬が必要になる咳、抗菌薬を飲んでも咳が良くならないときの考え方をご説明します。なお、一般に「抗生物質」「抗生剤」と呼ばれる薬は、医療の場での呼び方にそろえて「抗菌薬」と書きます。診察のご希望はWeb予約からどうぞ。
咳の原因で、抗菌薬が必要になることは多いのですか?
多くはありません。抗菌薬は細菌を退治する薬で、ウイルスには効きません。始まって間もない咳の原因の大半はかぜなどの気道の感染症で、急性の気道感染症の約9割はウイルスが原因です。
急性気管支炎(気管支の炎症で咳が続く状態)でも、持病のない大人では抗菌薬の効果はわずかです。抗菌薬を飲んだ人と飲まなかった人を比べた試験をまとめると、咳が続く期間の差は平均で約半日にとどまり、下痢などの副作用は24人に1人の割合で増えていました。かぜと抗菌薬の関係は、風邪に抗生物質は効きませんで詳しくご説明しています。
咳が3週間を超えて長引くと、原因の顔ぶれが変わります。日本では、長引く咳の原因として咳喘息(せきぜんそく:咳だけが続くタイプの喘息)や喘息が最も多く、ほかに感染後咳嗽(かんせんごがいそう:かぜが治ったあとも気道の過敏さが残って続く咳)、アトピー咳嗽、胃食道逆流症(胃酸の逆流)などがあります。いずれも、抗菌薬で治す病気ではありません。8週間以上続く咳で、かぜのような一般的な感染症がそのまま原因になっていることはまれです。ただし、結核や肺NTM症のように、咳を長引かせる感染症もあります。
抗菌薬が必要になるのは、細菌による肺炎や百日咳など、限られた場合です。どんなときに必要になるかは、後の「それでも抗菌薬が必要になる咳」でご説明します。
必要のない抗菌薬は、効きにくい菌(耐性菌)とどう関係するのですか?
呼吸器内科医は、入院が必要な肺炎の治療を受け持つことが多く、抗菌薬が効きにくい菌(薬剤耐性菌)による肺炎で治療に苦労する場面に繰り返し立ち会います。使える薬が限られ、治療が長引くこともあります。薬剤耐性菌は世界的な問題で、2019年には、薬剤耐性菌による感染症が直接の原因となって約127万人が亡くなったと推計されています。
耐性菌は、社会のどこかで増えている菌、というだけの話ではありません。抗菌薬を飲むと、体にいる細菌のうち薬が効く菌が減り、効きにくい菌が生き残って増えます。気道や尿の感染症で抗菌薬を処方された人では、その後その人から採った細菌に耐性が見つかる割合が高くなり、その影響は飲んだ直後の1か月が最も大きく、最長で12か月ほど続いていました。
この影響は、次に本当に肺炎になったときに表れます。肺炎の原因として最も多い肺炎球菌の重い感染症にかかった3,339人を調べた研究では、過去3か月以内にクラリスロマイシンなどのマクロライド系を飲んでいた人はマクロライド系が効きにくい菌に、キノロン系を飲んでいた人はキノロン系が効きにくい菌に、かかっていることが多くありました。肺炎の治療では、直近3か月に飲んだ抗菌薬が、薬を選ぶときの大切な手がかりになります。
抗菌薬で、結核の発見が遅れることがあるのはなぜですか?
結核は減ってきているとはいえ、過去の病気ではありません。2025年に新たに結核と診断された人は全国で9,899人で、都道府県別では東京都が1,101人と、大阪府に次いで多くなっています。患者は80代が最も多い一方、20代は前年より約4分の1増えています。
結核の症状は、咳、痰、微熱、だるさなど、かぜや気管支炎とよく似ています。少しずつ続くため受診が遅れがちで、2025年に診断された症状のある肺結核の患者のうち約2割は、症状が出てから受診まで2か月以上かかっていました。
ここに抗菌薬が関わります。肺炎や気管支炎に使われるキノロン系(レボフロキサシンなど)の抗菌薬は、結核菌にもある程度効きます。そのため結核の人がキノロン系を飲むと、咳や熱が一時的に軽くなって「治った」と思われたり、痰の検査で結核菌が見つかりにくくなったりすることがあります。複数の研究をまとめた解析では、キノロン系を先に使われた人は、結核の診断と治療の開始が平均で約11〜19日遅れていました。キノロン系が効かない結核菌が見つかる割合が高かったという解析もあります。キノロン系は、主な薬が効かない結核(多剤耐性結核)の治療で頼りにする薬の一つでもあります。
結核は、診断が遅れればそのあいだに家族や職場の人にうつすおそれがある病気です。気管支の内側にできる気管支結核は胸部X線写真に影が出にくく、治りにくい喘息と間違われて治療が遅れることがあります。長引く咳に抗菌薬を重ねる前に、胸部X線検査や痰の検査で確かめることが、結核を見逃さないために欠かせません。
肺NTM症(非結核性抗酸菌症)が隠れていると、何が問題になりますか?
肺NTM症(肺非結核性抗酸菌症:結核菌の仲間の菌による肺の感染症で、結核と違い、通常は人から人へうつることはありません)は日本で増えている病気です。2014年の全国調査では、新たにかかる人の数がすでに結核を上回ったと推定されています。中高年のやせ型の女性に多く、長引く咳や痰がきっかけで見つかります。
肺NTM症の約9割を占めるMAC(マック)という菌の治療では、クラリスロマイシンが中心となる薬です。標準の治療は複数の薬を組み合わせて長く飲む方法で、組み合わせるべき薬なしにクラリスロマイシンを単独で長く飲むと、菌がこの薬に耐性を持ってしまいます。
クラリスロマイシンは、咳で処方されることの多い抗菌薬です。肺NTM症に気づかれないまま、長引く咳に対してクラリスロマイシンだけを長く飲み続けると、いざ治療が必要になったときに、治療の中心となる薬が効かなくなっていることがあります。クラリスロマイシンが効かなくなった肺MAC症は治療が難しく、国内の専門病院で102人を調べた研究では、生存率は多剤耐性結核と同程度でした。この研究では、約6割の人が、標準に沿わない不適切な初期治療を受けていました。咳とクラリスロマイシンの関係は、咳にクラリス(クラリスロマイシン)は効く?でもご説明しています。
抗菌薬を飲んでも咳が良くならないのは、なぜですか?
外来では、「抗菌薬を飲み切ったのに咳が止まらない」というご相談を多くいただきます。理由の多くは、薬が弱かったことでも、飲み方が悪かったことでもありません。
一つは、咳がもともと長く続くものだということです。かぜや気管支炎の咳は、感染そのものが治まったあとも、気道の炎症や咳の反射が過敏な状態がしばらく残り、2〜3週間続くことが珍しくありません。急性の咳が続く期間を調べた研究をまとめると平均は17.8日で、一般の人が予想する期間は7〜9日ほどでした。この差が、「1週間たっても治らないから抗菌薬を」という流れを生みやすくしています。
もう一つは、咳の原因が、抗菌薬の効かない病気であることです。かぜをきっかけに咳喘息や喘息が表に出てくることは珍しくなく、この咳は抗菌薬をいくら飲んでも治まりません。必要なのは吸入ステロイド薬などの喘息の治療です(吸入薬は咳止めではありません)。胃酸の逆流やアトピー咳嗽も同じで、原因に合った治療に切り替えてから咳が引いていきます。長引く咳の原因と受診の目安は、長引く咳・止まらない咳のページにまとめています。
さらに、抗菌薬を飲んだあとに自然に治る時期が重なると、「抗菌薬が効いた」と感じやすくなります。咳で抗菌薬を処方された経験のある人ほど「抗菌薬はいつも効く」と考えやすいという調査もあり、次の咳でもまた抗菌薬を求める、という流れが生まれます。
抗菌薬を先に飲んでいると、診断そのものが難しくなることもあります。肺炎の原因菌を調べる痰の検査では、抗菌薬を飲んでいる期間が長いほど菌が見つかりにくくなります。結核でも、先にキノロン系を飲んでいると、前の節のとおり診断が遅れやすくなります。咳が長引いているときは、抗菌薬を足す前に一度診察を受けていただきたいと考えています。
抗菌薬の副作用や「薬のアレルギー」は、その後の治療にどう影響しますか?
効果がほとんど見込めない場面でも、副作用は一定の割合で起こります。かぜの大人に抗菌薬を使った試験をまとめると、吐き気や下痢、発疹などの副作用は、飲まなかった人の約2.6倍でした。クラリスロマイシンはほかの薬の分解を妨げるため、一緒に飲めない薬が多く、心電図の異常(QT延長)などの重い副作用も添付文書に記載されています。
見落とされやすいのが、薬のアレルギーの記録です。抗菌薬を飲んだあとに発疹が出て「この薬はアレルギー」と記録されると、その系統の薬は以後使いにくくなります。肺炎の治療の中心となるペニシリン系がその代表です。ペニシリン系のアレルギーが記録されている人では、代わりの抗菌薬が使われることが増え、MRSA(多くの抗菌薬が効きにくい黄色ブドウ球菌)や、腸炎を起こすクロストリディオイデス・ディフィシルという菌の感染が多かったという、30万人規模の調査があります。必要のない抗菌薬を飲めば、それだけ発疹などが出る機会も増え、そこで記録された「アレルギー」が、本当に抗菌薬が必要になったときの選択肢を狭めることがあります。
なお、抗菌薬で息苦しさやじんましんが出たことがある方は、診察のときにお知らせください。本当のアレルギーかどうかを伺ったうえで、薬を選びます。
それでも抗菌薬が必要になる咳は、どんなときですか?
抗菌薬を使わないことが目的なのではありません。細菌による病気が疑われるときには、ためらわずに使います。咳で抗菌薬が必要になるのは、主に次のような場合です。
- 細菌による肺炎(胸部X線検査などで確かめます)
- 百日咳(抗菌薬で症状を軽くできるのは、発症から2週間ほどの、激しい咳の発作が始まる前の早い時期です。発作が始まってからは、おもに周りへうつさないために使います)
- マイコプラズマ肺炎
- COPD(慢性閉塞性肺疾患)や気管支拡張症のある方で、細菌による悪化が疑われるとき
- 細菌による副鼻腔炎が疑われるとき(10日以上良くならない、いったん良くなってから再び悪化した、など。詳しくは急性副鼻腔炎に抗生物質は必要?)
このほか、痰の多い咳が長く続く副鼻腔気管支症候群や気管支拡張症では、マクロライド系を少ない量で長く飲む治療を行うことがあります。急な感染症を治すときとは目的が異なり、菌に働く作用に加えて、気道の炎症を抑える働きを期待した使い方です。肺NTM症が隠れていないかを確かめたうえで、薬の種類を選んで始めます。
抗菌薬を「本当に必要なときのためにとっておく」ことには、もう一つ意味があります。マイコプラズマでは、マクロライド系が効きにくい菌が2018年以降ふたたび増えており、国内でもマクロライド系が効きにくい百日咳菌が見つかっています。キノロン系は、肺炎や結核の治療で頼りにする薬です。必要のない場面で使い続けると、これらの薬が効きにくい菌が生き残って増え、肝心なときに使えなくなります。
咳で受診したとき、当院ではどのように診察しますか?
当院では、細菌による感染を疑う所見がない咳には、抗菌薬を処方していません。その代わりに、咳の原因を確かめることに時間を使います。
咳がいつから続いているか、痰があるか、夜や明け方に悪くなるか、かぜのあとから続いているかといった経過を伺い、胸の音を聴いたうえで、必要に応じて次の検査を当院で行います。
- 胸部X線検査(肺炎・結核・肺がんなどの影がないか)
- 呼吸機能検査(スパイロメトリー:息を吐く量と勢いから、喘息やCOPDの有無を調べる)
- 呼気NO検査(FeNO:吐く息で、喘息に多いタイプの気道の炎症を調べる)
- モストグラフ(ふだんの呼吸で、空気の通りにくさを調べる)
- 血液検査
- 痰の検査(必要なとき)
国内の病院の呼吸器内科外来で、急性の咳があった274人を調べた報告では、胸部X線写真に異常があった113人のうち、56%が肺炎、10%が肺がんでした。病院の専門外来の患者さんを調べた数字で、クリニックを受診する方にそのまま当てはまるわけではありませんが、短い期間の咳にも画像で確かめるべき病気が隠れていることがわかります。症状や胸の音だけでは肺炎などを除ききれないため、経過や診察から必要と判断したときは撮影して確かめます。
すでに抗菌薬を飲んでいる方、飲み終えた方は、薬の名前と飲み始めた日がわかるもの(お薬手帳や薬の袋)をお持ちください。次の薬を選ぶ手がかりになります。咳のご相談はWeb予約から承っています。発熱がある方は、感染対策外来のご案内をご確認ください。
よくあるご質問
黄色や緑色の痰が出ます。抗菌薬が必要ですか?
痰や鼻水の色だけでは、細菌によるものかウイルスによるものかは区別できません。かぜでも、治っていく途中で痰や鼻水が黄色や緑色になることはよくあります。抗菌薬が必要かどうかは、色よりも、熱の経過、息苦しさ、胸の音、胸部X線検査などを合わせて判断します。
「念のため」に抗菌薬を飲んでおくことはできませんか?
かぜやのどの痛みのあとに起こる重い合併症を抗菌薬で1件防ぐには、4,000人以上に飲んでもらう必要があると試算されており、「念のため」の効果はごくわずかです。一方、英国の調査では、気管支など下気道の感染症と診断された65歳以上の方では、39人に抗菌薬を使うと1人の肺炎を防げたと推計されています。これは「65歳以上なら念のため飲んでおく」という意味ではなく、高齢の方では肺炎が隠れていないかをより慎重に確かめる必要がある、ということです。抗菌薬が必要な状態かどうかを診察で確かめることが、念のための対策になります。
以前もらった抗菌薬が残っています。飲んでもいいですか?
自己判断で飲むことはおすすめしません。いまの症状に合う薬かどうか、量や日数が足りるかがわからないうえ、先に飲むことで、受診したときに肺炎や結核の検査で原因が見つかりにくくなることがあります。残っている薬は、受診の際にお持ちいただければ確認します。ご家族やほかの方に渡すことも控えてください。
抗菌薬を飲んでいる途中ですが、咳が良くなりません。受診してもいいですか?
はい、ご相談ください。処方された抗菌薬を自己判断でやめるのは控え、まずは処方した医師か薬剤師にご相談ください。当院を受診される場合は、薬の名前と飲み始めた日がわかるものをお持ちください。高い熱が続く、息切れがある、痰に血が混じるといったときは、早めの受診が必要です。息が苦しくて会話が難しいときは、ためらわずに119番に連絡してください。
参考文献
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- 厚生労働省 抗微生物薬適正使用の手引き 第四版 医科・外来編(2026年)
- 厚生労働省 2025年 結核登録者情報調査年報集計結果について
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- クラリスロマイシン錠 電子添文(PMDA)
